2016年05月14日

意識は自由であるが常識は



ワタシの意識は自由です。

心で感じることは、自由です。

思う事、感じたこと。すべて自由です。


意識の中では、空も飛べますし、

カメハメ波も打てます。

アメリカでも、南の島でも、宇宙でも、どこにでも行けます。


あなたもそうなのでは??


しかし、自由な発想、感性、意識は、

肉体という物質に閉じ込められていますから、

現実には、空は飛べませんし、今すぐアメリカにいられません。

肉体の問題は、ひとまず置いておいて。




自由な発想、感性、意識は、ほんらいそのまま、自由にしていいもの。

嬉しいこと、楽しいこと、ポジティブなことは、大体そのままにしていますが、

悲しいこと、怒ったこと、不安なこと、

ネガティブなことは、自由にしてない気がします。


表面の意識にある、常識と良心(と思っているもの)が必ず、ツッコミを入れます。

いやいや、そんなに怒っちゃダメでしょ。

嫌いな人も受け入れないと。

不安は人に見せないようにしないと。

などなど。


あいつが嫌いだ!と感じても、

そのままにしておけばいいのに、

いや、そんなことを思うのは、ブラックになるから、

ほどほどにしないと。


あーぁ、仕事したくねぇな〜。

いやいや、一社会人が何を言っているの?!

ゲツマツの支払いどうするの?!



この人めんどくせっ!

いやいや、白衣着てるんだから、ニコニコしとかないと。



とかとか、

人として、こうあるべき、男として、とか、

親としてとか、そういう風に思わせてるのって何?

自分の中の、常識や、ルールでしょ?!

それっていつから持ってるの、生まれた時から?その前から?

生まれてから、今までの間に、刷り込まれ、作り上げられ、

こうしなければ!! って自分で決めてきてないかい?!


と、思うわけです。


どんなネガティブな感情であろうとも、

それを感じてしまった以上、それがいい悪いを決めなくていい。

いい悪いを決めているのは、自分の中の常識や培った価値観。

そんな、枠にはまったガッチガチなもので、

自由な意識、感情、感じるものを否定してどうしたいのだろうか。



外向きに、実際に態度や言動に出すのもOK。

だけど、それを出さないことも出来るから、オトナと呼ばれるわけで。

だ、け、ど。

自分の感じたこと、意識したことに嘘はつけないでしょ?!

だから、それはそれとして、Okしてしまえばいいんじゃない?

幸い、肉体の中にあるから、すべてがすべて、外向きに出ていくわけではないんだし。



自分が、こうあるべきだ、こうせねばならんとか、

いろいろ決めてるけど、感じたこと、意識の中までは止められないでしょ?

人から嫌われようが、なんだろうが、

ワタシは、自分には嘘がつけない。

そのことを知っていれば、無理に自分の感情、感覚、意識を、

否定しなくて済む。


意識は、自由。

心で感じることも、自由。

そこに、善悪の判断は、本来ないんだから。


感じたことを、感じたままに。

まずは、そこから。


ワタシは、自由です。

あなたは、自由ですか?

ワタシの常識は、なんでしょうか。

あなたの、常識は、なんですか?!




感じたことを、推敲せずに、垂れ流すのって、楽し♪

そして、ちょっぴり難しい。



そろそろ、釣り具を買いに行こうと思います。2016、5月。






posted by いんちょ at 10:51| Comment(2) | ココロとカラダ
この記事へのコメント
ふむふむ。

感じた事をそのまま。
まだまだ難しい。

でもでも、
自由ってきっとすんばらすぅぃい。
Posted by 葛根湯 at 2016年05月18日 15:07
葛根湯さん

自分に素直になるのって、なかなか難しい。
素晴らしい自由を感じてみたい(笑
Posted by いんちょ at 2016年05月23日 09:36
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